花見を

敢行致しました。
レジャーシートを広げて…というのは数年ぶり。おしりいたい。

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私たちの祖先は桜を"儚い命"になぞらえてきました。
桜への遺伝子レベルで刻まれた愛着とは、日本流のメメント・モリではなかろうか、と。

桜に限らず"花見"は、歴史に残る以前から始まる風習であったように記憶しています。
(酒を飲み大騒ぎすると行ったものは自粛して然るべきですが)
このような状況だからこそ、桜を見、生というもののあり方を考えるべきではないか、と考えました。